遊びだけで生きていくために、遊びと仕事の違いを考えた

僕の理想の生活は遊び「だけ」で生きていくことです

「遊んで暮らしたい……」と誰もが一度は考えたことがあるのではないでしょうか。仕事をせずに自分の好きなことだけして暮らせればどんなに楽しいことか

僕の場合、仕事をしたくないというよりは、遊びだけしたい、という感覚です。自分の好きな遊びでお金がもらって生きていきたいよ……

仕事と遊びの境界線はなんだろう

この理想の生活を実現するにはシンプルな2つの方法があります。仕事を遊びにするか、遊びでお金を稼げばいいのです
口で言うは簡単ですが、はてさて、どうしたらいいんでしょう

仕事を遊びに変える方法&遊びでお金を稼ぐための方法を柿ピーを食べながら考えていると、根本的かつ、大きな疑問にぶち当たりました

「そもそも仕事と遊びの違いってなんだろう?何が境界線なんだろう?」

僕にとっての遊びと仕事の定義

早速ですけれども、まず結論を述べたいと思います。僕にとって

遊びとは、目的がなく、ただやっているだけで幸福を感じられること。何が得られるかを考えずに没頭できること。 どうしたらより面白くなるか自然と工夫できること。目的はなく、工夫が自然発生するイメージ

仕事とは、目的や目指すリターンが先に存在し、目的のために始めた活動のこと。 例えば給料を得るためにサラリーマンとして働いたり、空腹を満たすために料理をしたりすること。また外からの強制力が働くことによってやっていること

目的があるかないかがひとつポイントとなっています
やっていて楽しいか?つまらないか?という感覚もひとつの境界線です
この結論に至るまでに考えたことを書いておきたいと思います

そもそも遊びと仕事の明確な境界線は存在しない

いきなり身もふたもないですね笑 僕は遊びと仕事の明確な境界線は無いと思っています

なぜなら境界線は感覚的なものであり、完全に主観的なものだととらえているからです。例えば以下のような基準で遊びと仕事の区別をしようとしましたが、どれも完全に区別はできませんでした

 対価の有無

お金がもらえるものが仕事、もらえないものは遊びという分け方
「ただ働き」という言葉もありますし、お金のもらえない仕事はあります。また遊びでお金をもらってるよ!という人も世の中にいます

 責任感の有無

責任があるのが仕事、ないのが遊びという分け方
責任は仕事にも遊びにも伴うものです。いくら遊びだからって、待ち合わせに遅れてはいけませんよね。この分け方も苦しいです

 有益か無益か

有益なものが仕事、無益なものが遊びという分け方。遊びは無駄、という考えです
全ての仕事が有益というのなら、なぜ仕事に悩む人が絶えないのでしょう。遊びが無駄だというのなら、なぜ人は遊びたがるのでしょう

そもそも有益とは?という新たな疑問も湧き上がってきてしまいましたが、それはまた別の機会に……

大切なのは腹落ちした感覚であること

という感じで、いくら考えても遊びと仕事を明確に区別して定義することはできませんでした

そして至った結論は、境界線は主観的で感覚的であり、自分にしかわからないことだということです

冒頭で僕にとっての定義を書いてはみたものの、完璧に言語化できていないと思っています。というより、完璧な言語化は不可能と思っています

大切なことは、

自分が腹落ちできているかどうかということ
・自分の心と向き合って出した結論であること
です

仕事を減らすための基準になる

もともとは遊びを仕事に変える方法、遊びで稼ぐ方法を考えている中で浮かんだ疑問でしたが、仕事と遊びの定義を定めたおかげで「いま仕事をしているか?遊びをしているか?」が区別できるようになったのは大きな収穫になりました

遊びだけで生きていきたければ、仕事の割合を減らして遊びの割合を増やせばいいからです

自分にとって洗濯は仕事か遊びか?テレビを見るのは?妻とのデートは?冠婚葬祭は?筋トレは?

自分の心に問い合わせて、仕事だと判断したものは極力やらないようにしていきたいと思います

ブログが仕事?遊び?

さいごに。半年以上続けてきたブログが「遊び」じゃなくなる感覚になることがあります

完全な遊びとして始めたはずがいつの間にか楽しめていない瞬間があることに気づきました。

なぜかって?PV増加という「目的」が先行するようになってしまったからです
最初は遊びだと思っていたものが、ふいに遊びでなくなってしまうことがあることに気を付けていきたいです

ブログはいつまでも遊びでやっていきます!

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