子供の頃憧れた「リーダー」に僕は向いていなかった。チームワークが苦手と感じる理由。

2018年1月14日

文系出身SIer正社員のたてひとです。

僕はチームワークが苦手です。これまでの人生では、中学高校の部活動、高校の学園祭、大学のサークル、社会人サークル、会社員といった、多くの人が経験するような「チーム」に所属をしてきました。最近になって、ようやくチームワークが苦手という事実を直視できるようになりました。

 

今でこそチームワークが苦手であると自認しているものの、リーダーの役割につくことも少なくなく、僕自身もリーダーに向いていると思い込んでいたのです。いえ、正確にいうと、向いていないことに気づいていたけれど、その事実を直視し認めることができなかったのです。

リーダーへのあこがれ

子供の頃の僕にとって、「リーダー」の肩書を持つ人間は優れており、人々から称賛される対象であり、女子からキャーキャー言われ、誰しもが憧れる、目指すべき存在であったのです。

 

しかし僕のこれまでのリーダー経験を振り返ってみれば、いい結果を残したものはないように思いますし、口が裂けてもリーダーに向いているなどど豪語できるものではありませんでした。

 

僕はSEとして働いています。また、「チーム」として働く現場におります。人生の様々な場面でリーダーに向いていないと感じるようになりましたが、この事実を直視できるようになったのは、今の職場においてストレスを強いられた結果、ごく自然な形で自らの本当の姿が浮かび上がってきたからです。

 

「リーダーは称賛され、高尚な存在である」「人々は協力的でなければならない」… という価値観はいまだに僕の中に存在しています。この価値観を持った状態でこんなことを書くのは苦しいし、「甘えてんじゃねえ」「お前が努力していないからだ」という意見をもらうかもしれないと恐怖さえ感じます。

 

しかし自分を偽っても仕方のないこと。前に進むべく、自分の心を吐き出したいと思います。

本日は「僕はチームワークが苦手である」と感じる理由を、今の職場での場面を使って書いていきたいと思います。

理由その1.自分のタスク以外に興味がない

僕は”明確に”自分に振られたタスクしかやりたくありません。というより出来ないのです。

 

今のプロジェクトチームでは、「なんとなく誰かがやればいい」というようにタスクの所在を明確にしていません。最もらしい「情報共有」という名の下、打ち合わせにはみんなで出る、メールのCCにはとりあえずみんな入れる、そんな文化になっています。

 

誰かが急に休んだとしても(もしくは会社に来られなくなったら)、他の人がカバーに入れるようにそんな文化が構築されていったのかもしれません。

 

僕はその文化が正しいとか間違っているということを言いたいのではありません。僕には向いていないということを言いたいのです。「みんなでやる」という組織、文化にやる気が出ないのです。

 

他の人がやるかもしれない(やってくれるかもしれない)、と思ったら、僕はそれを他人事として捉えてしまうのです。それが自分のチームのことで、結果的に自分に降りかかるであろうタスクがだったとしても、です。どこか人任せなのです。

 

今この文章を書いているように、集中し、かつ楽しんでいるような、アドレナリンが出るような、そんな状態にはどうしてもなれないのです。

理由その2.途中参画したプロジェクトに興味がない

今の参画しているプロジェクトは4年ほど前に立ち上げられたプロジェクトです。僕は今年の4月から参画しました。

 

こんなことを社内で公言する勇気を持ち合わせていませんが、正直に言うと、途中から参画したプロジェクトに、全く、何の思い入れもありません。このプロジェクトが成功しようが、失敗しようが、どっちでもいい…と思っています。

 

僕の周りには途中から参画してきて、意気揚々と働いている(ように見える)人がたくさんいます。そんな人も心の中では思い入れなんてないのかもしれません。

 

しかし、明らかに、少なくとも僕より活動的で、自らの仕事を工夫し、積極的にタスクを消化しているように見えるのです。他人が企画し立ち上げた、会社からの命令によって所属することになっただけの、知り合いもお世話になった人もいないプロジェクトに対して、なぜそこまで積極的になれるのか不思議でなりません。

 

辛い顔をしながら深夜遅くまで残業をしているそんな人たちを見ていると、僕とは全く違う世界に住んでいる人々と感じてしまいます。

理由その3.調整が苦手だし、やる意義を感じない。

 

僕のチームには自社の社員(プロパー)と、他社の社員(パートナー)がいます。パートナーさんはプロパーを介さないと、他チームの人間と連絡を取ることはできません。

 

いえ、できるのですが、プロパーを介して連絡をしないと話を聞いてくれなかったりします。プロパー同士においても、担当者間で話しても意見がかみ合わず、上の力を持った人間を通すまで全く話が進まなかったりします。最終的には、上の意向に従うことになります。

 

約1000人が参画している大きなプロジェクトのため、他チームの人間と会話し調整完了するには多大な労力と時間と心を消耗します。こんなことは、組織で働くのであれば当然なのかもしれません。

 

しかし僕はこの「調整」というのが苦手で嫌だし、極力したくありません。調整という仕事は、本来なくてもいいはずです。(調整せずにうまく進むなら、それに越したことはないはずです)

 

このまま働き続けても、社内調整というスキルだけが伸び続け、本質的なスキルが身につかないようにも思います。こんな組織のリーダーとして働いているイメージを、僕はまったく思い浮かべることができないのです。

僕はチームで動くのが苦手のようです

子供の頃「正義」だと思っていたリーダー、チームワークに僕は向いていないようです。

 

文章を書いていて、なんて身勝手な奴だ、とも自分で思います。今後、苦手を克服するのか、自分に合った道を模索するのかはわかりませんが、どちらにしても今のこの正直な感覚に嘘をついてしまっては先に進むことができないと思い、文章にしてみました。

 

今回3つ理由を書き出しました。掘り下げればもっともっと見つかりそうです。今の職場で感じたことをベースに書いてみましたが、これまでの仕事以外の人生を振り返ってみても、僕はチームというものにあまりにも向いていないように思います。