フリーランスになることは難しくないけど、行動した自分を褒めたい。

2018年9月8日フリーランス

※最近「~だ、~である」の文体で文章書いたんですが、案外しっくりきたんで今回も同じように書きました。良さげだったら今後も続けるかもしれません!

フリーランスになることが希望になった

フリーランスになりたいと願い始めたのはいつだっただろうか。

ブログを読み返してみると、2018年1月にこんな記事を書いている。
>>「常駐型フリーランス」という働き方はメリットだらけかもしれない

この時期、僕は当時勤めていた会社でシステム更改プロジェクトに携わっていたのだが、これが嫌で嫌で仕方がなかった。

SE(システムエンジニア)職ではあるが、やっていることはほとんど社内調整。お客さんに(できる限り波風たたないように)どう報告するか考えたり、超言い方悪いけどタスクを別のチームに押し付けたりするような、エンジニアとは言い難い仕事をしていた。

そういう仕事が好きならともかく、僕には向いていないと思ったし、この先何年もこのような仕事をして出世して、あの上司と同じような仕事をやり続けるのか…と思ったらやっていられなくなってしまった。

そんなときに出会ったのが「フリーランス」という働き方である。もちろん、以前からフリーランスの存在は知っていたが、雲の上の存在というか、芸能人のように全く関係のない世界の人たちのことだと思っていた。

しかし、偉大なGoogle神を使ってフリーランスに転身した人のブログを読んでみると、そこまでかけ離れた世界でもなさそうだし、常駐型のフリーランスだったら、自分にもできるかも…と思った。

そうなってからは「フリーランスになる」ということが僕の中の希望になった。フリーランスになれば、退屈な日常や、希望の無い仕事から抜け出し、明るい未来があると信じて疑わなかった。

自分をほめてあげたいのは、ここで希望を持つだけで終わらせずに、行動に移したことだ。
ネットを通じてフリーランサーの方と連絡をとったり、フリーランスのオンラインサロンに入ってみたり(すぐに辞めちゃったけど)、セミナーに行ってみたりした。

最終的に、このセミナーがきっかけでフリーランスの道が開いたことになった。

挑戦を終えて、まずは自分を褒める

僕にとって、「フリーランスになる」ことは希望であり、ひとつの挑戦だった。

僕はフツーに義務教育を終え、高校、大学とフツーに進学し、フツーに就職活動をし、サラリーマンとして就職した。ザ・普通人間である。親もフツーのサラリーマンである。(…そういえば、姉は音楽家というちょっとフツーじゃない人だ。その影響を受けれなかったのは残念である笑)

普通人間にとって、フリーランスを目指すのは生まれて初めて「レールから外れた道を選ぶ」という意味で、挑戦だった。

フリーランスになるだけだったら、正直難しいことではないと思う。だけど、できる範囲でできることをきちんと行動に移し、初めての挑戦を達成できたのは大きな成果だと思っている。

「やればできんじゃん」

この感覚と実績をつくることができたのは、次につながる。フリーランスになるための行動を起こした自分を盛大にほめてあげたい。

焦りはあるけど、焦らず挑戦しよう

それでまあ、ひとつの挑戦を終えて、さて、これからどうしよっかな、と思っているところである。

「やればできんじゃん」という根拠があるようなないような自信があれば、なんかしらの結果は出せるんじゃないかと思っている。なにか新しい挑戦をしてみたい。とはいえ、「挑戦すること」自体が目的になってしまっては意味がない。

フリーランスになる挑戦をしたのは、希望のない世界を抜け出して希望のある世界に飛び込みたいという想いからだった。

たぶん、そういう想いが可能にした挑戦だったんだと思う。だから、目的のない挑戦は意味がないし、良い成果を得られない気がする。

今はフリーランスエンジニアという新しい環境に適応しながら、じっと待つ時期かも、とも思う。正直、焦りはある。少し前には自分を褒めてあげることができずに、精神的にドツボにはまっていた。そのときに書いた記事はこちら。
>>【日常】現状に満足したら成長しなくなる? 

この記事は「一旦、現状に満足してもいいんだ」という趣旨なのだが、フリーランスになりたいと思ったのは「現状への不満」が原動力だった。…あれ?そうなるとやっぱり、現状に満足したら成長(挑戦)できなくなるのか?と思ってしまった。

「満足すること」「挑戦すること」のバランスは難しい!

無理に挑戦しても意味ないなら、今おかれた環境で一生懸命やってみる。そしたら何か見えてくるんじゃないか。結局、そんな結論に至った。

そんな今日この頃。

Posted by たてひと